novtanの日常

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給料前払いサービスと貧テックの今

昔こんなことを書きましたね。

novtan.hatenablog.com

もう、2年も前です。それだけ経つと世の中の状況も変わってくるものではないでしょうかどうでしょうか。

www.orangeitems.com

タイトルが煽り気味ですが、内容は…プレスリリースのリンク集かなんかですかね?

で、これ、よく見ると2種類混じってるんですよね。従業員から手数料取るやつと会社が負担するやつ。
前払い(というか、ある程度まとめたとしても実質都度払いだよね)というのは実際日雇いもそうだし、運送、飲食のところでも昔からあるものだけど、事務負担が高いものでもあるから、その事務負担を減らすためのソリューションです、という点においては別に悪いサービスではないんですよ。でもそれって、会社のコストを減らすための仕組みだから、利用者(従業員)から手数料をとるようなサービスを使うってのは話がおかしいですね。立て替え方式ってやつ。これは実際のところ、かなりグレーなサービスで、実質的に融資に近いところもあるので、金融機関が絡んでるサービスならともかく、そうじゃないのはちょっと引いてみちゃいますね。

一方で、手数料を取らないやつは既存の会社の仕組みの延長線上にある、といっても良いと思います。

いずれにしても、この手のサービスは本来日雇いが発生しやすい、運送、建築、飲食あたりに向けたサービスであって、一般企業向けではありませんよね。十分な給料が月締めで支払われているのであれば、この手のサービスをどうしても利用しなければならない会社なんてあまりないはずなんですよ。

で、手数料1回500円くらいかかるじゃないですか。キャッシュフローが回らなくなるのが給料日1週間前だとして、50000円を銀行のカードローンで借りて給料日に返すじゃないですか。年利15%として1週間借りたら利子160円くらいじゃないですか(ちなみに25日くらい借りると500円くらいにはなる)。急な物入りであればそれで十分だし、そうじゃなければ前払いしないとキャッシュフロー回らない時点でそもそもフローが破綻しているわけですよ。

というわけで、カードローンも借りられない、仮に借りられたとしても限度額いっぱい使っちゃう誘惑に耐える自信がない人向けのサービスとくらいしか考えられないわけです。給料が安いのがすべての元凶ではないか。

もともと日払いに適した領域の職種においては既存のサービスの延長線上として、うまくコスト削減するサービスとして提供されるというのは全然違和感ないわけですが、そうじゃない領域においてはやっぱりこれ貧テックよね。

過酷すぎる自由な社会において

※ほぼポエムです
子供が学校に行きたくなくなるのはまあまあよくある話だし、GW明けたら会社に行きたくなるのもまあまあよくある話ではあるよね。

よく「自由」の対極に位置するのは「抑圧」であるという前提で話をされることがある。自由という言葉が広くて曖昧だからということもあるんだけど、僕はちょっと違うと思っている。「抑圧」というものがそもそも人間に対してマイナスの要素か、というと実は全然そんなことはない。

そもそもディストピアSFにおいて、「俺は自由だ!」は死亡フラグである(と意味のわからない供述を繰り返しており…

いやまあ、結局の所何でも良いんだけど、とにかく制約も抑圧もない「自由」というのは自分を強く律することができない人にとっては単なる堕落の入り口に過ぎないことのほうが多いわけですよ。当然だけど、子供が自分を強く律することはできない。義務教育やらなんやらには現代的ないくつもの問題があるとは思うけど、そこから自由になることが「得」になる人生って実はあんまりないかもしれない。

抑圧にも色んな種類があって、当たり前と当たり前じゃないことのせめぎあい的なものになったときに強ストレスを生んだりもする。なんで周りは平気でいるのに自分だけこんなに苦しいんだろうか、みたいなものも。そういったものを受容するのも反発するのも人生であり選択であるとは思う。社会的な抑圧、というのは選択を許さないものである一方で、それが純粋に悪意であることはほぼない。

「ほにゃららのために~」というフレーズは幸せが伴えば愛、伴わなければパワハラである。両者の区別は外形的には難しいこともある。自分で自分を律することが難しい人が他者にそれを依存する、ということは果たして不幸なことなんだろうか。ステレオタイプな生き方をあえて選択することは社会に逆行した古い人間なんだろうか。

僕自身、あまり型にハマる人間でないことで苦労はしてきていると思う。有形無形の抑圧を飲み込んで来たし、反発だってしてきた。正しく有りたいと思う一方で、自分の弱さに起因した失敗もたくさんしてきたよ。

先人の持ついろんな力をうまく利用してこれまで生きてきたと思っている。常識であるとか、モラルであるとか、うまく生きるための術であるとか。サービス残業は嫌だけど(実際したことないけど)、残業は必要ならするし、なんなら仕事楽しいじゃん。公私混同はしたくないけど、自分のためなら勉強は休みにだってするよ。上司の言うことには基本従うし、自分の良心に照らして明らかにおかしいことは絶対にしないけど。疲れてたら優先座席で爆睡することだってあるけど妊婦さんが目の前に立っていることに気づいたら席は譲るよ。

全てにおいて自由である必要は、生きるために必要ではないと思う。なんなら、もっと楽に生きるためのルールを与えてほしいくらいだ。子供のときは嫌かもしれないけど、大人になったら明確なルールに従って生きたほうが楽ができるんだよ。

でも、自分がどれだけ自由でいれるかというのは、頑張って自由で有り続ける努力をするしかない。自由に生きるってのは大変で、辛いこともたくさんあって、外形的(例えば、お金とか)に必ずしも報われるものではない。清貧という言葉がなぜ存在するのかってわかるよね。うまいところを泳いでいろいろ両立させることだってうまく泳げれば可能だよ。うまく泳ぐために何をしなければならないのかわかっているのであればね。往々にして職業アパート経営のリベラリストがいるのはそういうことだ。

押し付けられる規律と同じくらい、押し付けられる自由はやっかいなものだよ。人間としてバランスよくあるのは結構難しい。

常連優遇というお店のスタンスについて

嫌ならチェーン店いけよ、と思うんですよね。

というのは極端な話かもしれないけど、常連を優遇するという行為について、なぜか「客は平等に扱うべき」と強く主張しちゃう人が結構いますよね。でもこれはお店のスタンスに完全に任せれば良いと思うんですよ。立地とか、キャパとか、人間関係とか、特に個人経営のお店ってのは事情ってものがあるでしょ。常連重視すべきでない立ち位置のお店が常連重視しすぎて問題が起きて潰れるならそれもまた人生なわけですよ。極論だと、地元の反社に近い人達の唯一の憩いの場である寂れた食堂のカレーが実は美味いみたいな感じでBuzzったら何が起きるかってことですよ。口コミが口コミ以上のシステムを持つのって罪よね。

すべてのお店が自分たちのキャパ以上に繁盛させたいと思っているわけでもないだろうし、ネットで記事を見た程度でわざわざやってきて居心地悪いぞフザケンナってやって来る方の感じも悪いよね。大半の店は常連と一見さんで大きく待遇を分けるなんてことはないだろうけど、多少差がでるようなことにすら目くじら立てる人は常連になれないタイプの客よね。

不当な客差別や過度に乱暴な態度を許すべきって話じゃないからね。