novtanの日常

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寂れて行く田舎のこれから

法事で帰省して台風に怯えながらの帰路。

母方の実家は田舎とはいえかつては栄えた町の中心近くにある。もう古い家も多く、中心だけに貸し家もあって、誰もすまなくなった小さな古い家が廃墟になったり取り壊されて、ずいぶん風通しが良くなってしまった。
人が全然いないわけではないけれども、僕が幼少の頃だからもう30年前か、町を歩けばそれなりの数の人とすれ違ったものだ。
一方で、ちょっと離れた地元のデパート的施設はそこそこ人が集まる。特徴的なのは、かつての街の中心街は歩いて買い物にくる客が減ったことから活気がなく、駐車場のあるスーパーなどにはまだ人がたくさんいることを感じられるほどには活気がある。

田舎の変貌には交通網(特に車の所持が当たり前になったことによる)が発達したことが要因としては大きいように思える。映画やドラマでしかみたことない、アメリカの片田舎的なイメージに近づいて行っているようにも。便利さの発達は時間的距離を縮めたし、それは生活圏の拡大を意味していて、今や田舎の商店街という存在は逆にニッチな存在としてのみ存続しているようだ。
街というものを構成する必然がそこにはない。

祖父母は車の必要のない生活をしていた。今もあそこで暮らしていたとしたら、果たしてそのままの生活ができていたのだろうか。

街の再生には「車が交通手段でない」人を集めないといけないのかもしれない。必ずしも暮らしている必要はなく、観光でも、仕事でも良い。
廃線の危機もあったローカル線の姿を見るたびに、そう言うことを思う。

帰り際、聖地巡礼のポスターを見て苦笑してしまった。巡礼するにはしんどいところだ。でも少しでも人が立ち寄る街にすることが重要なんだろうな。
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僕はもとより地元の人間ではなく、所詮お客さんにすぎない。でも、やっぱり活気がない姿を見るのはさみしいものだ。