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novtanの日常

ネタです。ネタなんです。マジレスする人は撲滅すべき敵です。だからネタだってば!

批判の受け止め方について

もう10年近く前から議論のお作法とウェブのお作法をどう組み合わせてどう考えるかみたいな話は書いてきたつもりなんだけど、ここ最近ウェブのお作法が過度に「自由」と「覚悟」に振れてきたように思えるので少し考えてみます。

そもそも、表現の自由だとか、何を書くのも自由だとかそういう話を内心の自由と一緒にして無制限のものと捉えるような自由原理主義は昔から違和感があって文句も言ってきたつもりなんだけど、そもそもウェブに何かを公開するってことは全世界に自分の意見(とは限らないけど)を開陳することであるということを認識すべきだし、それについて起きる事象になんらかの対処をしなければならない覚悟がいるよ、というのがウェブにおける「覚悟」だったと思うんだよね。

で、その対処として弁明をするのもありだし、削除するのもあり。ただ、削除しても以前そういう表明を一度はしたよ、というのは何らかの形で残りやすいのもウェブだから、そういう点も含めて覚悟しておいてね、ということ。だから、批判されて記事を消すなんて!みたいな批判に取り合う必要もない。間違っていることを拡散し続けることはよくないし、訂正エントリを書いてもそっちは読まれないというのが世の常なんだからせめて間違いを間違いのまま公開し続けるのはやめようというのは非常に正しい考え方だし。
単に批判が的はずれだけど相手するのが面倒だからやめるってのも全然ありだし。
むしろそこで批判をなかったことにしてなにもしないほうがよっぽど覚悟がない行為だとは思うし。
批判されて傷ついたから消すってのはまあ覚悟不十分だったということだとは思うけど、消す動機はそれだけじゃないからね。

で、批判する側も批判する側で、なんだって文句垂れれば即批判として成立しているような勢いだったりするけど、そんなことはないからねえ。ロジックが成立していなかったり単なる感情論だったりってのは冷静な目で見たら批判じゃないよね。

正当な批判であっても、価値観の差異とか政治的立場の差異とかで受け入れがたいものもあるし、こちらの間違いが明らかになって悔しいけど受け入れざるを得ないこともある。

そういう時に正しい対処を出来るようにしたいものですね。