novtanの日常

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そもそもキュレーション「サイト」に何の価値があるのか

わりと最近書いたキュレーションは人からサイトになって価値を失ったって話(http://novtan.hatenablog.com/entry/2016/09/08/220719)の中で言及したキュレーションサイトがなんか文字通り価値を失っててワラタ、ではあるんだけど、じゃあキュレーションという定義なり行為なりが無意味か、というとそんなことはないと思うんだよね。

ただ、構造的に上手く行かないのは食べログとかも一緒なんだけど、結局のところその情報ではなく、情報を掲載する場に値段がつき始めると情報の中身が変質していくってことなのよね。つまり、情報自体は無価値でも場に価値があれば売れる。しかし売れるためにはウェブ(主に検索結果)を荒らす必要がある。情報の価値を高めるのではなく売れるための努力にシフトするわけだ。これは商業行為としては特に間違っているとは思わないんだけど、結局情報そのものに価値がないから手っ取り早い話としてパクリが横行するわけだね。

つまり、キュレーションサイトが持っている情報はその真実性如何にかかわらず等しく価値がない、というと言い過ぎではあるけど、少なくとも情報の集まる場としての価値はユーザーサイドにはない。ないはずなんだけど、人が来る。というこの手の構造は今回の事件が起こらなくてもGoogle先生が戦略を変えただけで死ぬものではあるので虚業というほかはないよな。まあGoogle先生はちょっと手を抜きすぎなんですよ(疑いの目を向けたくなる程度には)。

じゃあキュレーションって意味ないの、という話にもう一度目を向けると、別に我々はキュレーションサイトに頼らずとも既に誰かしら何かしらのキュレーションを受けてウェブをさまよっているというのが現実なんではないか。少なくとも僕ははてブのお気に入りの皆様方には感謝している。