novtanの日常

ネタです。ネタなんです。マジレスする人は撲滅すべき敵です。だからネタだってば!

チョコバナナもんじゃという暴力

ここで豆知識を一つ。東京の人はもんじゃ焼きをめったに食べません!

幼少から東京で育った僕ですが、東京の西だったからなのかもしれんし、時代だったかもしれんけど、幼少時にもんじゃ焼きを食ったことがない。駄菓子屋に鉄板はなかったし、うち(友達のうち含め)で作ることもなかった。お好み焼き屋にはよく行ったけど、普通に関西風のお好み焼き屋。

ぶっちゃけ、あの食べ物が胃の中でどうなるかを体現したプロセスを経て食える状態になるという正直これはどうかという食い物であるもんじゃ焼きだけど、観光客にはなんでか知らんが人気だし(おやつじゃないのあれとか思わなくもないし)、東京には世間からは東京名物と思われているけれども実際には東京生まれ東京育ちの人は言ったこともない場所とか食ったことのない食べ物とかが沢山あるので、そういうものの一つではないかとは思っている。なお、東京タワーには行ったことがある模様。

しかし、なぜか屋形船でもんじゃ焼きを食べる事態にいたって、認識を改める必要が有ると感じた。もんじゃ焼きはもはやもんじゃ焼きの形をしたお好み焼きだと!(意味不明

そもそも、もんじゃ焼きはお好み焼きの原型と言われているし、小麦粉をケチらなければ沢山使うとほぼお好み焼きである。もはやその商品性の違いは「固まるか、固まらないか」に過ぎず、値段は中の具の豪華さに比例するだけであって、しかも小麦粉対具の比率はもんじゃ焼きのほうが高いのではないか。現代のもんじゃ焼きはおやつではなかった!うーん、どちらかというと酒のつまみ?

という認識に至れない程度にしかもんじゃ焼きは食べられていないのではないかということを個人的経験を元に語ると沢山の批判がきそうなのである。無視する。

しかしこの屋形船、出航してから戻ってくるまでの2時間一本勝負である。ダラダラ飲みながらダラダラつまむ、ということに向いていないのである。挙げ句の果てには酔っているのか揺れているのかわからないという事態が生じる(つまり酔っているわけだが)。
そうなると、とりあえずひと通り注文しなければならないのだが、もんじゃ焼きなのにメニューにドリアとかチャーハンとかお好み焼きがある。うん、それはそれでもんじゃ焼きだけだと間が持たないよね。

それはそれとして、明らかに異彩を放つメニューが載っかっている。その名も「チョコバナナもんじゃ」!いや、それは問題だろ…そうじゃねーだろ…

しかしですよ、屋形船乗っているわけですよ。飲み会なんですよ。そこにチョコバナナもんじゃがあるわけですよ。そこに頼まないという選択肢があるわけ無い。「じゃあチョコバナナもんじゃ3つ!」ちなみに10人鉄板3枚のグループ。

生クリームとバナナがどーんと乗った容器が現れ、周囲の空気がどよめく。「本当にこれ、焼いていいの?このまま食ったほうがいいんじゃない?」しかし、事態はそのような躊躇を許さない。何しろ、もう出発地に向かって戻り始めているのだ、屋形船が。しかもなんだか速い。

「戻る前に食べきらなきゃいけないんで!!」と急かされ空いた鉄板。間髪入れずに焼きにかかる船員…船員なのか?

もう何百何千回と焼いたに違いない、その船員?の素早いコテ捌きにより、バナナが切り刻まれていく。フレークが切り刻まれていく。そうか、これがボディーか。
しかし、どう見てももんじゃである。つまり…いや、これ以上は言ってはいけないだろう。
程なく投入された生クリームの山。もはや鉄板の上はカオスである。
「出来ました」冷静な船員?の言葉に我に返る。これを食わなければならないのかという戦慄。

正直申し上げて、食い物にはビジュアルというものが大事なのであります。デザートであれば尚更であります。しかし、この鉄板の上に存在する物体は明らかに人の枠を維持できなくなった結果のLCLというか、食い物としてのA.T.フィールドが崩壊している何か。食っちまえば一緒?いや、胃に落ちるまでのプロセスこそが人としての尊厳を確保している。高級フレンチ流動食とかあり得ると思いますか?

覚悟を決めてその表現しがたい物体を口に運ぶと…「んん?!美味い?!」

温かいバナナというのはデザートとしてはそこそこポピュラーな使い方であり、砕けたフレークのベースはまるでタルトの台。チョコと生クリームの味わいも温まったことによって渾然一体として違和感がない。皿に残っていたソース味が隠し味。

しかし冷静になって考えてみると10人が10人とも「意外と」を連発するという不思議な空間。これはゲテモノから新たな食の世界を発見したと言うよりは結局のところ、「口に入っちゃったらなんでも一緒」であるという事実をあらためて認識しただけなのではないか。

つまり、デザートにはビジュアルが大事で、チョコバナナもんじゃは人へゲシュタルト崩壊を強いる食の暴力なのである。デザートがそれしかないという事実に人類は敗北した。