novtanの日常

ネタです。ネタなんです。マジレスする人は撲滅すべき敵です。だからネタだってば!

他人のことなんかそうそう理解できるわけないよ

金が儲かるから出版します、ってのもひとつの判断としては間違ってないけど、それに大義名分をつけてもっともらしく語るのは醜悪だと思うんだよね。

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本書に書かれた事件にいたる彼の記述を読むと、そこには大人の犯罪とは明らかに異なる、少年期特有の、性的衝動、心の揺れなどがあったことがわかります。そしてそれだけの内面的な乱れを抱えながらも、事件が起きるまで彼はどこにでもいる普通の少年でした。彼が抱えていた衝動は、彼だけのものではなく、むしろ少年期に普遍的なものだと思います。彼は紙一重の選択をことごとく誤り、前例のない猟奇的殺人者となってしまいました。彼の起こした事件は前例のない残虐な猟奇的事件でしたが、それがいかに突出したものであろうと、その根底には社会が抱える共通する問題点が潜んでいるはずです。社会は、彼のような犯罪を起こさないため、起こさせないため、そこで何があったのか、たとえそれが醜悪なものであったとしても見つめ考える必要があると思います。

へえへえ。じゃあ、紙一重の選択を誤らないためのケーススタディーとしましょうとかそういう話なわけ?そうじゃないよね。根底に社会が抱える共通する問題点が潜んでいるはず?潜んでいるならこの本が明らかにした具体的な問題を指摘できるよね。自分たちでそう思って出版したんでしょ?
一体、この本を出版することで「彼のような犯罪を起こさないため、起こさせないため」に何が変わるんでしょうか。何を見つめ何を考えることができるんでしょうか。
それを全て読者の判断に委ねる、というこの文章は社会的意義があるかどうかの判断すら外出ししているようにしか見えない。

僕らには、他人を理解する能力はある。でもそれは極めて限定的でかつ主体的でかつ相対的なものだと思う。自分のものさしから完全に外れた思考は理解も納得も出来ないことがほとんどだし、する必要もないと思う。こういった事件で理解可能なのはせいぜい「事情」程度のものでしかない。

猟奇犯罪の加害者の心を「知る」というのは実際のところ単なる好奇心以外のなにものでもなく、それで読んで「わかった」と思っちゃうのも危険だし、わかることに意義があるとすることも危険だと思う。

僕が仮に今後この本を読むとしたら、単に自分の好奇心を満足させるものでしかないし、そのためのこの本を読む気は今のところ起きない。