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novtanの日常

ネタです。ネタなんです。マジレスする人は撲滅すべき敵です。だからネタだってば!

高くて旨いのは当たり前というのは貧乏人のヒガミ

社員旅行というものが流行らないご時世でありまして、僕の務める会社も過去の武勇伝黒歴史は多数伝わるものの、もはや社員みんなで旅行に行けるような仕事のスタイルとはなっておりませんものですから、社員旅行という名を借りた食事会なんてのをやったりするわけですね。旅行の代わりですからそれなりにご予算もございまして。
以前行った店の中にはなんたら牛で有名なお店もありまして、まあ僕達もよーわからんまま100gで5000円くらいするのではなかろうかというお肉をいただきましてそれはそれは美味しかったものですが、ショーケースの中に100gで10万くらいするお肉もございまして、まあなんというかですね、「20倍も味違うわけなかろう」と僻んだものでございます。
なにぶん、私、肉といえば全国の中でもコスパ最高級であろう某焼肉屋の行きつけでありまして、コスパ最高というのはすなわち最高級ではないということはよくわかっております。肉は確かに上等だし、手は加えてなければタレも並レベルということで、コスパ最高なわけですからネイチャージモン大先生なんて絶対に来店しないようなお店ですが庶民の私にとってはたいへん居心地がよいわけですね。
六本木の某しゃぶしゃぶやなんて1枚5000円位するうっすい肉を食わせてくれますがまあこれがまた実に美味でありまして、しかしながらなんというかこう満たされない感がありますんですよね。高級イタメシ屋なんて行くといや流石にイタリア人この量だと怒るだろってくらいこじんまりとしたパスタの皿が出てきたりして、値段と味と量のバランスというのはどうあるべきか哲学的に考えてしまったりもするわけです。

takasuka-toki.hatenablog.com

文化というのはなにぶん地獄のようなもので、湯水を費やしたところで得られるものは少ないし、上澄みのような部分に本質があったりするわけで、結果としてかかる値段というのは些事にすぎないわけではあります。ソロ活動とオーケストラの例があまり適切じゃないというところがこの話の本質に近いところだと思うのですが、ベルリン・フィルが協奏曲をソリストを呼んでやるのは何故かということで、つまり金じゃなくて役割(あるいはスキルの差異)の問題でしかなくて、金は後付なんですよ。ただ、金の話をしないと文化が維持できないわけではあります。喩え話で言うとソリストのほうがコスパ悪いのよ。
ある一定のレベルを超えてしまうとコスパという言葉自体が存在しなくなって、金持ちが文化を維持するゾーンになるわけですが、まあ世に成金という言葉があるように金持ちは一朝一夕ではならず、この文化を維持するための重要な積み上げが存在するわけであって、それでもそういう「わかんねーけど金持っている」人が金出してくれれば文化は維持できるし、あるいはそういう人たちがわかるようになってくれれば御の字なわけでそういう意味では色んな物の破壊者たるホリエモンですら食文化にとっては恩人の一人と言えなくもないような気がしなくもないです。
いずれにしても、高くて旨いのは言うまでもなくアタリマエのことであって、そのことについてことさら口にだすような所業は貧乏人の僻みでしかありません。コスパ最高なのがコスパ最高以外の何物でもないことはちょっと物の道理がわかっている人なら同様にアタリマエの話でしかなくて、問題はコスパ最低、つまりコスパの土俵に乗っちゃってるような高級店が世にあふれていることに気がつかないオカネモチが沢山いるってことなんですけどね。ええ、ええ、私もあの店行くくらいならあそこのほうがよっぽどマシだぜ的なお店にはちょいちょい行くことがあります。とはいえ、物事には場にあった格式が必要なこともままありますし、もうね、コスパって言葉が出てきただけで庶民臭いわけですよ。で、我々庶民なんでそれは構わないんですけど、たまにおしゃれしてお店行くような場合にコスパなんて言い出す野暮もどうかと思うし、件の焼肉屋にしたってそりゃあもう同レベル以上の価格帯である牛角なんて二度と行けねーとは思いますけど、じゃあ客の社長とかに高い方の叙々苑連れてかれていやいやもっと旨くて安い店ありますから1ヶ月前から予約する必要ありますけどコスパサイコーですからとか力説したら二度と付き合ってもらえないよなーとかなるわけですね。

なんにせよ、値段を超越したらレベルの美食ってのは本当に値段を超越していて、高いの安いのだのは話題にすらならないんじゃないかと思う次第。値段の話が出ている時点でもうそれはコスパって話からは逃れることのできないレベル感の話でしかなくて、そうすると同じ値段でもっと安い店の呪縛にも囚われてしまうわけですな。結構な場合、そのコストの中に「時間」が入ってないことがままあるのが問題だったりしますが、わざわざコスパの悪い店に行くことが美食の道かというとステージを上げるために必要な投資だったりするかもしれませんのであえて否定するつもりはないです。でもことさらにステージをあげようとしているわけでもなければコスパは大事だと思うけどね。