novtanの日常

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2026年AIヤバい年雑感

雑感ですが、去年あった色々を総合すると、今年もターニングポイントになる出来事はありそうですが、個人的には結構逆風が吹きそうな気がしています。

AI企業やAIへの投資が集中しすぎてその投資のリターンがどこに着地するのかが全くわからない

仕事がちょっと楽になる程度ならともかく、AIが働いてくれると人が要らなくなる、の結果として社会が得られる果実はなんなんだろう、というのが未だにわかってないんですよね。AIエージェントの有用性はようやく形になってきたけど。AI開発で個人開発者が云々の話だって結局他人の可処分所得を効率良く収集するという話でしかない(全く新しい付加価値を生み出して社会が変革されている話とは到底思えない)。つまり、今のところAIはAIという以上の新しいものは特に生み出してないよね。もちろん、「今まで難しいとされてきた制御」が出来るようになりそうな雰囲気はあるし、自動運転なんかは上手く行けば地方の交通事情とかに大きく寄与する可能性がある気もするけど、今のところそれは気の所為じゃないかなあみたいな雰囲気もあるよね。なぜなら結局のところペイしないところにブツは置かれないだろうから。公的機関が配備する、みたいなならないと難しいよね。とりあえず、次の項の話もあいまって、今年の早い段階で一回バブル崩壊すると思う。

メモリやその他ハードウェア資源不足の経済的な問題

経済的な課題としてはこちらの問題が大きく、結局AIそのもののパワーだけが増大していくとしてもクライアントが滅亡したら意味ないよね。経済とは結局消費なので、AIにリソースが集中してその他の経済活動(というか、商品そのものの価格)に影響がでることで消費が冷え込んだら本末転倒なわけですよね。PC/スマホの買い控えがもうすでに発生しているし。
これまで、OSがバージョンアップしたりセキュリティ対応をすることでPCのパワーが足りなくなって買い替えを~みたいなサイクルですらマッチポンプといってもよい話だったのに、全員が自分のためになるかわからないAIのために費用の増大を迫られることに納得感を持てるかどうか。

AIエージェントがいつまで無料~安価で使えるのか

特にIT分野においては開発をAIに任せる世界が来るような雰囲気が出てきてますけど、その時々の話としてはともかく、5年10年スパンでシステムというものを考える人達にとっては恐らくイタチごっこに巻き込まれて消耗するだけの部分も出てきちゃうんじゃないかなあ。今だって円安のせいでAWS(やその他クラウドサービス)の利用料が想定外に膨らんで大変、みたいな話がある中で、AIエージェントに支払う費用が増大し続けると自分たちの事業はAI企業を太らせるためにやっているのでは?みたいになるよね。これはでは楽しくない。進化に追随してメンテナンスしていくのもタダじゃないわけで、こういう部分をトータルで考えたときにどこまで事業の核として「他社がサービスとして提供しているAI」を組み込むべきなのか、そこに掛けられるコストはどこまでなのか、をより厳しく見ていかなければならない可能性はとてもある。一番厳しいのは、「もはやAI利用が競争力の源泉ではない」となったときだよね。これは実質税金なのよ。インターネット税+クラウド税+AI税。
悲観的な話をしていますが、実際のところ、そこで最終着地をするわけではないと思っているので、もうちょっと別の形があると思います(がそれは数年後の話かな)。何でもかんでも出来ます、ではなく、いい感じに人とAIが仕事を分け合っていく、というのはきっとこれまででいうと工場のロボットとかと一緒なんじゃないかな。

クリエイティブ分野における争い

ここでのAI利用は「AI企業が率先してクリエーターへの敬意を投げ捨ている」ように見えると最終的には悪い結果に落ち着くと思っているし、現状そうなりかかっている。AI企業側は先に述べたように無限にも思える投資をされているけど、それはリターンが見えないとあっという間に引き上げられてしまう可能性がある土俵に乗ってしまったということでもあるから、少々モラルに欠ける行動あってもリターンを目に見えるようにしなければならない。これはかつてのYoutubeみたいな「(当初)違法コンテンツによってだんだん大きくなった」のとも話が違って、今のAI企業は反社ではないとされている企業から多額の投資をされているからこそ、そういうモラルに欠けた行為について我々消費者は厳しく糾弾しなければならないんだよね。
とはいえ、反AIの人たちが考える「違法、インモラル」と世の中のルールはイコールではないので、的外れな批判もめちゃめちゃある。これは結果的にはAI企業を利する行為だと思うんだけどね。

さて、反AIとかAI推進とかそういう立場に関係なく、今、中途半端な立ち位置のクリエイティブな活動をしている人たちは岐路に立たされている。これはもうインターネット病の最終段階というだけなんだと思うんだけど、そもそもクリエイターが作品を「発表する」という行為はどういうものであるかについて深く考えなくなってしまったことの帰結なんだよね。いやみんながそうってわけじゃないよ。でも、20年前からずっと言っているんだけどさ、結局ウェブに発表する=Publishである、ということは大体今も変わってない。ルール絶対遵守のクローズドコミュニティみたいなの以外のインターネットは発表イコールほぼコピーフリーでの公開なわけで、つまるところ、受け手のモラルに全てを委ねるという手法なんだよね。
これは例えば同人誌即売会が小部数や地理的制約のある中で配布活動をする、ということとは根本的に異なるものであり、かつ、従来の手法で制限されていたものについてもスキャンして共有されてしまうという「想定外」の状態がまずあって、そこの権利関係については違法アップロードサイト撲滅という力技で解決してきた過去がありますよね。
まずもって、インターネットにあるデータは「権利関係が曖昧」なものも存在するがそれを正確に判断するすべがない、ということ自体がインターネットに公開されているんだから学習データにしてもいいだろ、みたいな話と親和性が低いということは理解をしておいたほうが良いと思います。その上で、学習とはなにかの定義によっては問題がないこと、それを無視して学習元と言われているデータと寸分たがわぬ「AIが作った」成果物を出してくるトンデモサービスが有ること、など様々な「お行儀の悪いサービス」の問題があることも理解しておいて、それでもなお、正しいAIの使われ方は制限されるべきではない、と僕は思っておりますが、この辺は最初に言った「想定外」の話を踏まえるとやっぱり根源的な恐怖を感じる人がいることやその気持ち自体は否定しがたい。そこで喧嘩するのは意味ないことだとは思うんだよね。
話を戻すと、それはそれとして、無料やそれに近い形で(ここだってそうだけど)創作物をばら撒いておいて自分のコンテンツの権利が保証されると思っているのは比較的楽観的すぎるなあってのが僕の考えのベースであるところのWebへの公開はPublishである、という話に他ならないのです。公開しちゃったからにはそこで権利を得られる範囲は著作権保有者としての正しい行動で得られるものに限られるわけで、つまるところ「不正な利用に関して対価を要求する」以外のことはまあコントロール不能ですよねってことです。
ところが、その対価が独特な絵柄に対する承認であるとかその絵柄で継続的に有償の仕事をもらうことであるとかになってくると非常に面倒くさい。これは文章書きとしても「文体模写で一儲け」みたいな話と一緒だけど正直そこのマーケットは「なろう」で極まってしまっているからまあもはや崩壊している。一方で、絵柄の方だって昔から「XX風」ってのはいくらでもあったわけだけど、比較的独自色がわかりやすい一方でパクること自体は労力がかかることからAIが登場するまではトレパク問題などはあっても決定的な崩壊には至っていなかったのがAIによって崩壊に向かい始めた、ということではあるよね。

ただね、コンテンツの個人商店が商売として成立するようになってそこに依拠するような人が増えるってのは当然だけど権利関係のコントロールという大変難しい問題を個人の問題にしてしまうというアンチパターンにハマってるってことなんだよ。曲がりなりにも「出版社」が権利商売をしてきたのは企業だからそのコントロールに金を掛けられる、という点も大きい。
これ言ったら怒られるかもしれないけど、希少価値に依存している商売のいくつかはAIによって崩壊させられると思う。でも僕自身は希少価値以外に価値がないようなものが評価されたり高額が支払われるようなものは滅びていいんじゃないかと思っている。だからといって、本当に価値あるものが生き残れるかと言うとそれはそれでAIに喰われてしまうものもおそらくあるだろうし、そういうのにどうやって対抗するかを個人が考えるのはもう難しいんじゃないかな。そのあたりの歪みが今年どうなっていくかは継続的に観察していこうと思う。