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novtanの日常

ネタです。ネタなんです。マジレスする人は撲滅すべき敵です。だからネタだってば!

リスクでインプットが変わるような低レベルでどうすんのよ

もうちょっと「リスクを取る」を具体化してくれませんかねえ。
この話、批判されている側がなんだか抵抗しているのは「リスクを取る」のイメージが言っている側はごく限定的な「リスク」について述べようとしているのにも関わらず「リスク」という一般的な言葉を使っているからじゃないかと思ったりはするけど。

リスクを取る生活をしていればインプットそのものがちがってくるので、文章にもキレが出たりするのも当然のことです。

補足 - 村紗カイの日記

もうさっぱりわからないよね。インプットそのものが違ってくる根拠もなければその違ってきたインプットが文章のキレに繋がる根拠もなければそもそもインプットの質について全く触れられていない。アバウトすぎる。

マジョリティの生活を送っていれば、みんなと同じものしか見えない。
ネットの世界ではみんなと違うものが重視される。
アウトプットをみんなと違うものにしたければ、マイノリティの生活をインプットする必要がある。

補足 - 村紗カイの日記

ここも話がおかしくて、マジョリティの生活という言葉もまずもって大雑把だし、マイノリティの生活ってなんだ?物珍しいというのと優れているというのは全く違うので、文字通り「ネットの世界ではみんなと違うものが重視される。」のがリスクを取る目的であれば一般的にはそのことを「ウケ狙い」と言うんだけどな。

低レベルの面白さを突き詰めるためには一般人と違う生活をしなければならずそれはリスクを取るということだ、というのであれば話としてはわかる。そこに痺れないし憧れないだけで。人にできないことをやることは確かに価値がある。特にネタ消費という意味では。ただそのレベルでの行為の99%は後世に残らない刹那的な価値しかないものだろうけど。

ってことをわかってないと

ゆえにいい文章を書きたければみんなと違う生活をしなければならない。

補足 - 村紗カイの日記

という頓珍漢な結論に達する。いい文章とは突飛な文章でもなければ単にネタとして面白い文章でもない(と言うのは言い過ぎで、そういう文章もいい文章である可能性は大いにあるが)。
無頼派の作家であるとか、底辺を舐めたところから這い上がってきた作家とかそういう人の鬼気迫る文章「も」いいし、一般人として一般的な生活をしながらマジョリティーのインプットからエッセンスを拾い上げて提示している人の文章「も」いいし、結局のところいい文章とはインプットの種類ではなく、アウトプットする切り口とそれを表現する文才(才能も努力も)をきっちり持っている人が書く文章のことなんだよ。

この事について一つだけ確実に言えるのはリスクを取ったからと言っていい文章が書けるわけではないこと。手段はアウトプットの質を保証しない。