マナー違反という名目で自分が不快だ、ということを伝えるという手法があるとのことですね。
マナー違反という言葉は、ようは自分じゃない不特定多数というバックボーンを活かし、自分の意見を押し付けたいパターンの時によく使われます。本当にマナーを学ぶべきシーンでは、「相手に対して失礼だろ」と怒られる方が多いです。
結局「マナー」を押し付ける人は、自分じゃない不特定多数の力を借りたいだけでしょ?*ホームページを作る人のネタ帳
そうだね。
真のマナーは慮りから生じるものとそれを様式化したもの(非合理であっても美的なものである)だよねー。
美しくないものはマナーとはいえません。え?何が美しいのって?それは僕の主観…じゃダメだよなあ。
というわけで、どうしてもマナーは多数決の要素が強くはなります。だからといってそれを同調圧力とい言ってしまうのはダメだろうし、かといってそれを逆手に取って(これギャクテって読むらしいですよ?知ってました?)自分の不愉快をマナーとして押し付けることはおかしいよね。
ちょっとまてよ、不愉快の押し付けであろうがそれがマナーであればしかたがないんじゃないか?
ということは、問題は「これがマナーである」ということにコンセンサスが取れていないことが原因ですね。
マナーって、「マナーがなっていない人はお断り」ということがある程度明示されている空間でしか有効ではないのです。そういった空間は入るハードルが高く設定されていることが多いです。まあ、大体のマナーはバブル期にハードルを金で解決する風潮の元破壊されたのではないか…
でもね…
僕ね…
「マナーが悪いですよ」
っていう言葉で行動を咎められた瞬間を一度も目撃したこと無いんだよね…