novtanの日常

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コミュニケーションツールの変遷自分史

僕はちょい下の年代です。

で、思ったんすけど、このへんのことを「全体的な状況を俯瞰しつつ」「個人的な経験として」書いてくれる人いないかなーと。あったらすごいおもしろいのに。

はてなの人たちにリクエスト

うん、まあ極個人的な見解でだけど書いてみる。俯瞰できるかはわからん。

知っての通り(IDが示す通り)昭和50年生まれの僕はわりとコミュニケーション手段の変遷が人生の転機に深く関わっている。
中学生の頃、1200bpsのモデムでパソコン通信を始めた。それまでの通信手段っていうのは当然だけど電話しかなかったし、むしろ電話が必要なことって非常にレアだったんだよね。だって電話って普段は合わない人とのコミュニケーションツールだったわけで。田舎のじいさんばあさんと会話するためのツールだった。友達となんて誰かの家の前で「なになにくんあーそーぼー」だったもんね。磯野野球しようぜってのと同じだよね。
一方で、町中のコニュニケーションツールってのはあったよね。駅の伝言板。あれを古いドラマでみたらいまどきだとなんだかわからない気もするけどね、シティーハンターとかね。
極たまに街に出かける時、伝言板を見ると「約束を守れないのって大変だなー」とか思ったりしちゃったりしたこともあった。今みたいに気軽に遅刻できない時代。そういうときは友達の家の電話番号を覚えてないとお話にならなかったな。
で、パソコン通信ってのがすごかったのは、「見知らぬ人」とコミュニケーションを取ることができる点。当時はもうニフティーサーブ(もちろんPC-VANも)は存在したけど、僕が生息していたのはまずは某ゲーム会社のBBSだった。その当時からニフティーサーブは有識者の(プロとか文化人とかね)シスオペを立てて運営していたけれども、草の根的なBBSも結構な数存在していて、面白かった。
今思うと若干コミュ障気味の僕が曲がりなりにも外に出て行ける一つの存在としてパソコン通信の存在は大きかったなあと感じる。

ほぼこの時期にポケベルが誕生するんだよね。単に音を鳴らすだけのポケベルは昔からあったんだけど、色々規制が緩くなった結果として、数字が、そしてカタカナが表示できるポケベルが生まれた。聞くところによると、公衆電話に列ができる高校があったとかなかったとかだけど、僕の周りにポケベルを持っていた人ってほとんどいなかったんだよな。たいてい、学校内のコミュニケーションで事足りたし、どうしても必要な時は電話だった。
僕のモデムは28800bpsにグレードアップし、草の根BBSの行き先も変わった。オフ会なるものに参加し、向こう側に人がいることを確かめた。人にはいろんな事情があることも。

僕が大学生になるころには、当時としては高価な携帯に変わってPHSが生まれた。これが世の中に「個人につながる電話」を普及させたと言ってもよいだろうね。特に、生活が不規則な大学生にとっては生活様式を変えるに十分なツールだった。最初はポケベルを使っていた友人もすぐにPHSになった。だって学生だと端末無料とかやってたからね当時は。はっきりとした文化の違いを感じ始めてきたのはこの頃。予定の当日になってから色々なことが調整可能になったというのはかなり大きいと思う。
ただ、僕にとって決定的だったのは、「知っている人とのツール」である家の電話→ポケベル→携帯ではなくて、やっぱりパソコン通信→インターネットという、見知らぬ人とのコミュニケーションツールの発展だと思う。パソコン通信以外のそれは雑誌の通信欄だったり、遊び場だったりしたけど、それが大きく変わったのがやっぱりインターネットでしょう。

インターネットにはじめて接したのは東京BBSのメールがインターネット接続するという話の時。うーんそれなんぞ?どうやって他のBBSとつながるの?みたいに思った記憶も懐かしい。大学に入った時、理系しか出入りしない建物の一角にSolarisかなんかのワークステーションがあって、MOZAICが動いていた。Yahooなんぞを見てすげーなーと思ったもの。
程なくして、Win95も生まれ、Winsockを起動してーとかしなくてよくなったくらいにIT系の会社でバイトしてNeXTを触ったりインターネットに繋いだりしてたけど。

当時、コナミの音ゲーが盛り上がり始めていた頃で、それに付随してインターネット上での情報交換(譜面とか、叩き方とか、踊り方とか)が活発になって、次第に池袋とかに人が集まるようになって、インターネットで繋がった仲間たちと集まる、なんていうことができるようになった。一方で、そこにはあくまで「普段関わりがない人たちの集まり」、つまり、ある程度プライベートが切り離されていた友達という意識は強くあったんじゃないかなと思う。

それが崩壊するのがSNSの登場。SNSの走りって同窓会ネットだっけ?そんな感じのやつじゃないかなーって思っているんですよね。つまり、当初は単に希薄になってしまった昔のつながりを取り戻そうというところからスタートしたもの。まさか世の中がこんなに誰も彼も情報発信する世の中になるなんて思ってないじゃないですか。あくまでたいていの場合、インターネットは「連絡手段」だったんですよ。それを壊したのはブログとi-modeとmixiだと思うわけで。

かくして、コミュニケーションツールはその分を超えて暴走し始めて現在に至る、のではないか。

その点、デジタルネイティブ世代はわきまえているようにも思えるんですよね。既存のコミュニケーションツールがツールの枠を飛び越えてプライベートを侵食することを避けるように、新しいものへ乗り換えて行くのはそういう部分もあるんじゃないかな。
(その点、コミュニケーションツールを武器にしている会社はもっと怖がるべきだと思う)

僕にとってSNSってのはあくまで「つながる」ためのツールであって、共有するためのツールじゃない(もちろん、共有したいこともあって、その時は便利だけど)ので、SNSに自分が持つ情報や動きをコントロールされる(強要される)ようなのは好きじゃない。おすすめとか一切いらんよとかね。極たまにヒットしてありがたい時あるけどw

ツールを人が使うことからツールに人が使われることへの変遷というのがここ20年の俯瞰なんだけど、一方でその根幹であるコミュニケーションというのは使い方を間違えなければ家の電話と手紙しかなかった時代とその速報性以外はあんまり変わらないのかな、と思うし、速報性こそがこの20年で進化してきた部分なんだろうな。