novtanの日常

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「夏への扉」は愚作かどうか問題

定期的に出てくるよねこの話。

『夏への扉』はとんでもない愚作なので褒めないでください

2023年にして未だにオールタイム・ベストに挙げられるSF小説としての地位をゆるがせにしないってのはすごいと思うけど、正直なところ、増田の言うことは正しい。2023年現在として虚心で評価したら「まあまあマシな方のなろう」くらいの小説と言っても良いのではないか。

~~ここからしばらく自分語り気味~~

僕が始めて本格的にSFに触れた時期は中学生くらいなので、平成元年前後ってことになる。当時はスマホどころか携帯電話も実質的にはなかったし、ポケベルすら先進的。ご家庭でパソコンなんて持ってるなんてごく少数だし、まだアナログレコードだって元気だった。テレビは故障したら叩けば直った。ところで、夏への扉が発行されたのは1956年である。たかだか20数年前に書かれているもので、その間に科学は進歩したし、工業製品からの家電の進化っぷりなんてのは昔のSF作家の予想を超えているものがたくさんあった。で、そこから40年近く…すなわち、最初に発表されてから70年近く…経っているわけだから、そりゃ僕が子供の頃にSFを読んで感じたものと同じものを今の若い子が感じられるか、というと全くもってそんなことはないだろう。センス・オブ・ワンダーさえあれば古いSFも読める?そんなわけはない。今や古いSFを読むのに必要な想像力の源は、センス・オブ・ワンダーではなく歴史の知識である。冷戦時代を少しでも生きたことがないと、高い城の男だって意味不明かもしれない。
余談だが、当時僕が一部のBBSで使っていたハンドルネームは”Arbiter”であるが、それが何を元にしているかは言うまでもないだろう。

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正直、未だに「夏への扉」が猫小説って言われているのが何故かはよくわからない。初期のハインラインは未来っぽいガジェットを提示したり海軍学校出身者らしく愛国心を発露したりってところも含めて今見ると陳腐なものを書いてるなーとは思う。なろうに例えると、異世界飯系ネタに近い気がしているw(ただし、SFガジェットで安易に無双したりはしない。当時らしいこともあるけどやっぱり社会問題を暴くような現代のメタファーにつながる描写なども多い)。社会派SFとも言えるその作風は現代の価値観で無造作に異世界をぶっ壊すなろう小説とは当然ながら格は違う。
とはいえ、じゃあ「夏への扉」が名作か、と言われるとはて、と思ってしまう。僕らの頃のSFラインナップにおいては入門編として相応しい一作であった、と言っても問題ないと思う一方で、それをノスタルジーとともに若者に押し付けるものではないな、とも思う。古典を読むことの一つの意義は、それを通じて人々の価値観の変遷を追体験することが出来るという他では得づらい経験があるので、SFが好きになったらいつかは読んでみてほしいものではあるけど。比較的性の開放を試みていた側のハインラインとしては歳の離れた(かつ、未成年)との恋愛テーマについての一つの解(と言ってしまうとずるい解決策だよなあと思うがw)として書かれたもの、という解釈もありかなとかね。

ところで、元増田は「今さらヴェルヌやウェルズを読んだところで、価値はない(ギブスンやディックも同様)。」とまで言ってるけど、流石にそれは言いすぎじゃないかなあ。特にディック。ディックはガジェットそのものより、人間とは何かについてを書いていると思っているので(特に短編は)未だに読む価値が詰まっていると思うよ。