novtanの日常

ネタです。ネタなんです。マジレスする人は撲滅すべき敵です。だからネタだってば!

男らしさ女らしさから開放されるのはいつか

こういうこというと怒られちゃう気がするけど、結局の所、いわゆるジェンダーロールというのは今の社会においては未だに有効に機能しており、逆にそれを無視すると厳しい状況に陥る一方で、愚直に守っていても厳しい状況(共働きしないと賃金が足りないという意味で)も起きている、というように思うんですね。

結局の所、生き方の問題は肉体的な制約に伴い制限されていて、正しさに基づく制度を設計したところで解決できないまま今に至っているようにも思えます。もっというと、肉体の機能に依存して割り当てられるジェンダーロールは正しい。まあそれは言いすぎで、社会制度を大幅に変えれば解決することもあるんですが、実際のところそれで生まれるのは「今と違った形のジェンダーロール」でしかないのではないか。もっというと、現代の正しさというのは社会における効率性というものを完全に無視しないと実現し得ないし、であればそれは僕たちが同じ理想の元、同じ目的を持って正しく行動することが要求されるということでもあり、みんなでちょっとずつ苦しんで理想の社会を実現しよう、というのは現代人並みのモラルでは到底たどり着かない。むしろ教育は崩壊し、実質的な階層化は進み、政治思想が逆行しつつある現在においては実現は遠ざかっているようにも思えます。

でも、人類が肉の器から出ていく未来はそう遠くないのでは、と思わなくもないんですよね。もちろん、完全に肉体から解き放たれた状態になるには相当な時間がかかると思いますが、社会を形成する(もっと範囲を狭めれば仕事をする、ですね)ことにおいて、そろそろ肉体は必要ないし、男女の力の差を埋めるデバイスはそう遠くない未来に実用的な範囲になるのでしょうし。そうすればこの類の問題は次第に解決するのではないか、と考えています。というか、現状の社会で人々の心がこの問題を解決するまでの余裕を持つのは無理なんじゃないかな。社会リソースがらしさを無視しても成り立つ程度に潤沢であれば(つまり、経済の問題が全くなければ)良いのかもしれませんが、この問題の本質は個人の願望が全て同時に成立することはない、ということに起因しているようにも思っていて、であるならば、有限個しか存在しないリアルの人間に依存している限りは絶対に解決しないよね。